白銀の宿縁 後編(4)結

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「あなたが?」

 妖将が、驚愕に目を見開く。

「そろそろ、分けてもらったエネルギーも限界みたいだ」

 バッファリオの外観が変わっていく。

 サイバーエルフの力で進化していた、いや、DNAソウルの情報に適応して変化していた装甲に傷が、凹みがあらわれ、本来の、百年前の姿に戻っていく。肥大化した角も、装甲板と一体化した伝熱管も、全てが。

「だから、冷却装置を動かしたまま眠りにつこうと思う。それが、僕がこの時代に残せる唯一のことだと思うから」

 両腕から、胴体から、強い冷気が放出されていく。アッカド・ホッタイドの装甲が霜で白く曇り、細動を止める。装甲とボディの間も、たちまち氷で満たされていく。

「でもそれでは、ボディへの負担が大きすぎる。二度と目覚められなくなるわ」

 サイバーエルフの能力はDNAソウルとボディの適合率を高める働きかけであり、そもそもレプリロイドとして稼働状態になければ、再生することはできない。屍を動かすのは、アヌビステップの秘術だけだ。

「今この瞬間、君と言葉を交わしていることだって奇跡なんだ。僕の時代にはいなかった妖精が、力を貸してくれた。キバトドスに破壊された僕に、居住まいを正す機会を与えてくれた。それだけで十分だよ。その上で、この時代の子供たちに未来を残せるのなら、最高だね」

 バッファリオの瞳は、レヴィアタンだけを見ているのではない。その先に人類の、彼の愛する子供たちの存在を感じているのだ。 

「僕があの時、エックスの背中に見たのは“鬼”じゃなかった。覚悟を持って、人を信じて、前を向いて進んでいく。その姿に憧れたんだ」

 そうだ。それこそが、ネオ・アルカディア四天王の矜恃だ。

「一目見て解った。だって君は、エックスの――だろう?」

「!」

 一筋、レヴィアタンの頬を雫が滴り落ちる。

 自覚が無かったわけではない。 

 エックスのDNAソウルから生み出された次世代のバイオロイド、四天王。XとYの異なる組み合わせから唯一XXの因子を重ねて持つレヴィアタンこそ、エックスの可能性を最も強く受け継ぐ者なのだという、聞き流していたはずの無責任な噂。そんなものは、誕生して数年の少女の一身には背負いきれない。

 レヴィアタンが、ネオ・アルカディア四天王の中でもことさら自由に振る舞っていたのは、その噂をかき消そうとしての行為ではなかったか。ヒトのためには動かず、システムの妨げとなることを為す。ネオ・アルカディアの秩序を乱すことで、ヒトの自由意志を護る。

 だから、人間のために自らの持てる力を行使することには、多少の気恥ずかしさもあったのだ。水源の様子を確認するために、誰も伴わず先行した理由の一つでもある。

「君は、君の望む未来を求めればいい。その、意志こそが、僕たちの希望なんだ。レプリロイドは、自由に……人と共に――すぐ隣で――歩んでいける存在、de在リタイ」

 割り切れない感情を抱えたまま闘うレヴィアタンにとってバッファリオの言葉は、彼の纏う冷気は、心地よいものだった。マネキャンスの野心もホッタイドの絶望も、そしてレヴィアタンの迷いも、全てが氷の中に閉じ込められていく。

 「ありがとう。バッファリオ」

 もう、そこに涙はない。

 氷の扉が湖水の流出を止める。地底の刻は急激に歩みを緩めて、静寂に満たされていく。

 

 戦いは終わった。地上に残っていた男たちがすぐに到着して、地上へと繋がる水道を開通させるだろう。 

 彼等が目の当たりにするのは、破壊されたネオ・アルカディアの機動兵器と闘士の亡骸。それらに組み付いて機能を停止している、古の戦士。

 そこに妖将はいない。彼等が妖将レヴィアタンの姿を目にする機会は、二度と訪れることは無い。

 

「其所での任務は完了かな。レヴィアタン

「何かあったの? ファントム」

 死したはずの友の声が聞こえる。サイバー空間からの通信。

「ファーブニルとハルピュイアも、眼前の敵は廃した。ゼロも、八闘士と名乗るレプリロイドの過半は斃したようだ。だが、バイルの側についたミュートスが、結集しつつある」

「そう。ならば」

 レヴィアタンは、フロスト・ジャベリンを手に取る。それはもう、この地には必要がないものだ。

 主の盟友に守護された、未来を切り開くための力だ。

「行きましょう。護るためじゃない、人々に自由な世界を返すために」