四天之皇 前編(1)

1.

 旧ロシア西方。そこに、ウクライナバロック様式を受け継いだ古城が在る。中央の一際高いドームを囲むように、四つの黄金の尖塔がそびえ立つ。かつては永久凍土に囲まれていた城は、地軸変動を伴う気象変動の結果として、今では砂漠の中に孤立している。

 未だ新たな生態系が確立していない砂の海。地中から振動が伝わり、地殻が割れる音が響き渡っても、逃げようとする生物の気配を感じ取ることはできない。 

 ノイズにつつまれていた潜航音が、一気にクリアになる。音の爆発。刹那、潜砂艦デスオゥナスの先端がその姿を現し、天に向かって跳ね上がる。古城の直前で急に速度を落とした潜砂艦は、城に正対する位置で屹立する。

 砂の中を泳いできた巨大なメカニロイドは、正に魚そのものの姿をしていた。透明な半球となっている眼からは操艦担当の神殿兵が顔を覗かせ、エラからは砂を吹き出している。全長は一〇〇メートルを超え、半ばを地中に残してもなお、五〇メートルに達する尖塔を見下ろすことができた。巨大な鱗のような装甲板が、不規則に蠢動する。

 その巨体からすると極小さな、各部の扉が開放されて、ネオ・アルカディアの闘士たちが姿を現す。十二人、五人、二人、一人が、四人に正対する。

 「来たぞ。来てやったぞ、四天王!」

 それは人類社会を支え続けてきた者達の、久しぶりの再開。そして、永遠の別れの始まり。

 

2.

 戦の初手。まずは戦いやすい戦場を創り上げることが、神話級の力を持つ者達の定石だ。

 ふと、夜が明けたかのように、空が明るくなった。炎の玉が天頂に輝き、光を背にして写る影は、蝶の羽根を備えた人型。

 サイバーエルフが実際に存在する世界において、一般に言及される者とは異なる昔ながらの妖精。その羽根の美しさから「虹色蝶」と呼ばれる妖精型レプリロイドが、大陽の力を解放したのだ。通常の闘士七体分の動力炉、七星を暴走させて彼女は、闘神と化す。

 まるで昼間のような眩しさの中、跳び出したのはまた別種の神々。

 変幻する鎧を纏う五斗。うつろわざるものの力を行使する双龍。鬼神の魂を受け継ぐ十二鬼。さらには、殺意の波動を操る頂天。

 理想郷を守護し続けてきた神話の戦士が集結して、骨肉相食む。 

 この戦いを通してネオ・アルカディアは、文字通りその支柱の悉くを失っていく。

 そして、彼等に代わる存在が現れることは、二度となかった。